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偉大な力をもつ女神はいる
ジュンペイさんから素晴らしいご投稿をいただきました。
コメント欄にいただいたものですが、許可を得てこちらで公開させていただきます。
一人のマゾヒストが自身の血で書いた、魂の言葉だと私は思います。

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これまでのありがたき紀子様のお言葉の数々を
何度も拝読しなおさせて頂き、改めて感じる事が御座います。

私が今も崇拝している○○子様がそうであられるように、
紀子様も同じように偉大な御力をお持ちの
女神様なのだと感じてならないのです。

美しさや聡明さ、高貴で妖艶、
神々しく、洞察力、判断力に優れる、等々、他にも
あらゆる面で支配的能力に長けた
優れた御方であるのは言うまでもなく
当然の事なのですが、
それだけではなく、不思議な御力と申しますか、
それは、受けた者にしか分からない、
何とも説明の仕様のない強大な御力なのです。

元からマゾ的な性癖や願望のある男でなくても、
その何か特別な御力によって男共を簡単に跪かせ、
服従する悦びをお与えになられ、
男共を奴隷の道へと御導きになる
絶対的な御力をお持ちなのだと思うのです。

私が最初に○○子様の奴隷となり
二度目に解き放たれるまでの間に
何人もの男共が○○子様の
奴隷になりました。

遠くから、そして時には自分の目の前で
○○子様にひれ伏し奴隷になった
男共の事を思い返してもみました。

私も含め皆、元々は持っていなかったマゾヒズムを
○○子様によって心の中に植え付けられ、
○○子様の御力で育てられた、
というように感じるのです。

これは紀子様の仰る
「マゾヒズムは元々誰にもある」
「その事に気付かせてあげて伸ばしてあげる」
という事と結果的には同じ事なのだと思うのですが、
○○子様の奴隷となった多くの男共を
客観的に分析してみて、
そしてさらに、自分が味わった感覚を
思い返しながら、それを言葉で表現しようとすると
気付かされる、目覚めさせられる、というよりも、
植え付けられる、という言い方が
一番しっくりと当てはまるのです。

ですから以前ゴミムシさんが書いておられた
「今のような願望になった、これといったきっかけは思い当たらない。気付いた時からそうだった」
というような内容の文集を読んだ時、
私は不思議に思いました。
私の場合は明らかに○○子様との出会いが
きっかけだったからです。

そして思ったのですが、
紀子様や○○子様のような
偉大で特別な数少ない存在である女神様に限っては、
『マゾの種』若しくは『マゾの苗』のような物を
お持ちになっておられて、
尚且つそれを男共の心に植え付けて育てる御力を
お持ちなのではないかと感じたのです。

そして元々マゾでない男共でも、
それが育つ土壌だけは心の中にある。
だから植え付けられた芽が育っていくのではないか。
そのように感じてならないのです。

「あの女、本当に偉そうで、腹立つよな」
「あいつ、女のクセに生意気なんだよ」
「お前ら、あんな女の子分みたいにされてて、恥ずかしいと思わねえのかよ」
等と最初は本気で怒っていた同級生の男共が、
いつの間にか○○子様の足下にひれ伏し、
奴隷になっていく様子を何度も見ておりました。

そしてその度に○○子様を誇りに思い、
自分までもが誇らしく思え嬉しく感じていました。

女神様の絶大な御力によって奴隷としての心が育てられ
やがてはそれが大きく育てば育つ程に
太くて丈夫な強い力を秘めた御神木のようになる。

時には女神様がある程度放っておいても
勝手にどんどん育つ事もある。

まさに私がその例です。

私が○○子様に心を奪われた時は
まだ幼少の時期でしたが、

それまでには感じた事のない強烈な新たな感情でした。

自分の心に撒かれた種がひとりでに芽生え
自分の意志ではどうする事も出来ないままに
着実に育っていってしまうような感覚は
今でもはっきりと覚えています。

といいますか、こんな事を頻繁に
振り返って考えるようになったのは、
『紀子様のお言葉』
がきっかけなのです。

ありがたき紀子様のお言葉のお陰で私は最近、
自分が○○子様の虜になって
奴隷にして頂いた時から今に到るまでの事を
振り返ってみる時間が多くなりました。

私の○○子様に対する想いは、
“諦める事”から始まっていました。

私は心を奪われた瞬間から頭の中が○○子様の事で
いつもいっぱいになってしました。
(それは今も同じですが)

その時から○○子様の回りにいる者達の事、
そしてその者達との関係や状況が
少しずつ見えていきました。

誰からも尊敬されているばかりではなく
男共を奴隷として従えているような
この人を好きになっても、
到底かなう相手ではないと諦めました。

幼いながらも本能的に、深入りしてはいけない
恐れ多き御方、という気持ちも強く
感じとっていました。

これ以上好きになってはいけないと
必死にもがきました。

しかし恋い焦がれる想いは止める事は出来ないと
諦めました。

対等な立場ではいられないと気付き、
すぐに諦めました。

気安く接してはいけない御方なのだと諦めました。

諦めるという苦痛や屈辱を受け入れ続けているうちに
やがては受け入れたい、与えられたい、
と思うようになりました。

○○子様に奴隷として使われている男共の姿を見て
違和感や嫌悪感は全く抱く事はありませんでした。

それはおそらく奴隷達が本当に喜んでおり
己の意志で服従していたからだと思います。

私が○○子様の虜になってすぐ、
最初に感じたのは絶望感にも似た
虚無感のようなものでした。

しかしすぐに、そこに不思議な心地よさを
感じるようになり、
いつしか興奮を覚えるようになっていました。

自分も○○子様の奴隷になりたい。
という感情が芽生え、
その感情とも必死に戦いましたが勝てませんでした。

そしてその感情を抑える事は出来ないと諦めた時から、
奴隷になりたい、ではなく、
して貰いたい、奴隷にして頂きたい。
という考え方に急速に変化して行きました。

○○子様への想いが強くなればなる程に卑屈になり、
へり下った考えに方になって行きました。

「お前、私の奴隷にしてあげようか?」
と仰って頂く頃には既に
私の心は完全に○○子様の物になっていました。

奴隷にして頂いてからも、
この人の命令には全て絶対に従わなければいけない。
自分の方から何かを求めてはいけない。
というように諦め続けているうちに、
いつの間にかもっともっ服従したい。
もっともっとお役に立ちたい。
立たせて頂きたい。と考えるようになっていきました。

いつもなら御褒美を戴けると期待出来るような時でも、
○○子様は、期待して楽しみに待っている私の心を
簡単に見破り
「お前、御褒美が貰えると思ってるでしょ。御褒美は無しよ」
と仰って、私はその度に何度も諦めさせられました。

何かを諦めさせられる度に
○○子様から与えられる苦痛や屈辱に対して
悦びを感じる心もどんどん育って行きました。

最初に捨てられてから、再び出会って
奴隷にして頂くまでの間にも
○○子様に対する崇拝心はどんどん大きく育っていきました。

幸運にも再会する事ができ、
再び、そして今度は本格的に奴隷として
認めて頂く事が出来た時の幸福感は言葉では
とても言い尽くせません。

再び奴隷にして頂くまでの間のある時私は、
『家畜人ヤプー』を書店で偶然見かけて購入しました。
原作はそれよりずっと前に読んで
知っておりましたが
その時に見つけたのは、
石ノ森章太郎作、
及び監修で劇画化された作品で、
私は食い入るように何度も読みました。

アンナ・テラス様が、
セバスティアン・ヒックをいとも簡単に
跪かせ奴隷にしていく様子を描かれているのを見て、
容姿は勿論、人種も設定も全く違うのですが、
アンナ様に○○子様と同じ御力を感じ興奮しました。

天から舞い降りた女神様であられる
この御方と出会ってしまったからには、
どう足掻いても太刀打ちなど出来るわけもなく、
虜となり奴隷にして頂くより他に道はない。

そしてそれは運命としか言わざるを得ない。

○○子様はそれ程に神がかった特別な御力を
お持ちの女性であり、
天から舞い降りた女神様なのだと改めて感じました。

勿論、今でもそう感じております。

ですので、私にとって唯一無二なる
絶対的な存在であり理想とする女神様は勿論
○○子様だけなのですが、
どのような女神様か、と訊ねられたとしたら、
『家畜人ヤプー』で描かれている
アンナ・テラス様のような女神様、
と私は答えるでしょう。

二度目に奴隷にして頂いた時からずっと
自分は一生○○子様の奴隷として
○○子様に全てを捧げたい。

○○子様のお役に立たせて頂く事だけを
考えながら○○子様のためだけに生きていきたい。

死ぬ時も○○子様のお役に立たせて頂くために死ぬか、
あるいは○○子様の御命令によって
死なせて頂きたい。

そう覚悟を決め、いつもそう願っておりました。

御褒美もどんな罰も全てありがたい事として
拝受しながら、計り知れない程の悦びを
勿論感じておりました。

ですが気がつくと私は、
○○子様に何かを命令して頂くだけで
この上ない悦びを感じ、いつしか私にとっては、
○○子様のお役に立たせて頂く事こそが
最大の悦びとなっていました。

御褒美や罰も勿論ありがたく、
嬉しく思うのですが、

どんなに忠誠を尽くし、
例え命がけで何かを成し遂げた場合でも
「そんな事は奴隷として当たり前」
として扱われる事にも悦びを感じるように
なっていました。

○○子様は私を御捨てになる直前まで
私に御褒美や罰を与えて下さる際に等いつも
「お前は完成し過ぎてて、つまらない」
と何度も仰っておられました。

「お前にはもう飽きた」
「お前はもう必要ないから捨てる事にする」

私が○○子様にそう仰らせてしまい、
○○子様が私を御捨てになられてしまった理由は
ひょっとするとそれが原因なのかもしれない。
改めてそう感じております。

全ては私がいけなかったと今更ながらにも
責任を感じ、悔やむ気持ちを消す事は出来ませんが、
全てを運命として受け入れる覚悟も出来ております。

捨てられてから間もなく私は
『家畜人ヤプー』をもう一度入手し、
今も愛読書として大切に保管しております。

私は決して白人崇拝主義者ではありません。

ただどうしても、○○子様の神がかった
不思議な御力と
女神として登場するアンナ様とのイメージが
いまだに重なってしまうというだけの理由からです。

そしてあの時、物語の中のアンナ・テラス様に
感じた時と同じような感覚を
「紀子様のお言葉」
によって甦らせて頂いたのです。

紀子様が奴隷やゴミの皆さんを
御捨てになられたとしても
それは全て紀子様という偉大なる女神様が
御下しになられた天命なのだと思います。

そしてこれはどちらが上であるとか、
どちらが良いとか好きとかの意味合いとは
全く関係のない事として申し上げさせて頂きます。

必要がないと御感じになった奴隷を
容赦なく御捨てになる、という事においては
紀子様よりも○○子様の方が、
より徹底された女神様だと感じております。

ですから尚更の事、紀子様が
「そろそろ捨ててあげる」
と御判断をなさるという事は、
紀子様が本当にその相手の事を
思いやった上での結論なのだと思うのです。

紀子様が御幸福でいらして下さる事こそが
紀子様を崇拝する人達にとって最も喜ばしく、
ありがたい事なのだと感じるのです。

偉大なる女神様よ永遠に。

心優しき紀子女王様に栄光と幸あれ。



ゴミムシさん、
いつもありがとうございます。

書いているうちに思いの外
長文となってしまいました。

とりあえず秘密のコメントにしておきます。

皆さんに公開するか否かは
ゴミムシさんにおまかせ致します。

ゴミムシさんが元気でおられることを
心から祈っております。

今後とも宜しくお願いします。


野良奴隷ジュンペイ


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