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女には鞭打つ権利があるのよ

昨日のエントリーに関連して、
理由なしに鞭打たれることの恐怖と、その先にある奴隷の快楽について、
沼正三さんが書いていますので紹介します。

『ある夢想家の手帖から』の第106章「 奴隷の喜び」からです。
ここは、沼さんが第二次大戦中の自身の経験を語っている貴重な一章です。

第二次大戦中、沼正三の所属する部隊は、南国のある中都市でイギリス軍に降伏。
駐屯地自活で復員を待っていた日々、沼はイギリス軍司令官夫人に奴隷として仕えていた。

・・・という説明の後にこう書いています。

 ・・・彼女の意図を私が察するのが愚図ついたり、行
動が敏速を欠いていたりした時、頬に(鞭の)一発が入
る、途端にシャッキリとする。アドレナリンが急に出る
のだ。・・・(彼女の鞭は)私の性根を入れ替える力を
持っていた。
 しかし、そういう適切な鞭の使用だけでなく、理由な
しに一発二発と見舞われることもあった。こちらがタル
んでいるときでないから、何で鞭打たれるのか分らない。
そういうことがたしかにあった。気晴らしに奴隷を鞭打
つ、といえばマゾ的だが、現実はそこまで小説的ではな
い。やはり、怒りっぽくなっていて、こちらに理解でき
ぬ些細なことで怒ったため撲ったのだろうと思うが、こ
れには弱った。第一、こわかった。・・・男の求愛者が
「恋人のむら気」に苦しめられるように、奉仕精神に満
たされた犬も「主人のむら気」に悩むものだということ
を、私は体験として知った。
 ・・・
 それは、真の奴隷のみの有するひそかな悦楽であって、
神を恋う詩人の祈りに通じるものである。


昨日のコメント欄にも書きましたが、
理由をつけたお仕置きは、「反省」することで一応の「安心」を得ることができます。
「あれをしなければ、お仕置きされずに済んだのだ」と思うことができる。
ところが、理由のないお仕置きは、反省しようがないだけに、
奴隷にとっては恐怖なのではないでしょうか。

しかし、奴隷はその恐怖を全面的に引き受けなければなりません。
気まぐれからにせよ、ご主人様が「鞭打つ」と決めた以上、
主人は鞭打つことができるのであり、奴隷は鞭で打たれなければなりません。

奴隷のいかなる恐怖・苦痛よりも、主人のほんの気まぐれが、
はるかに価値が高いのであり、常に優先されるのです。
鞭打ち

ビシッ!
「ひいっ」
ビシッ!
「ひい〜っ」
「何で鞭で打たれてるか、わかる?」
「いえ、その、あの・・・」
「わからないの!」
ビシッ!
「ひいっ。
あの、な、なにか、粗相をいたしましたでしょうか・・・」
「本当にわからないの!」
ビシッ!
ビシッ!
ビシッ!
「ひい〜〜っ!
す、すみません。
至らないところは何でも直します。
ど、どうか教えてくださいっ。
ひいっ!」
「ふふふ。
それじゃ教えてあげるわ。
お前はね・・・・何も粗相をしてないの」
「・・・え?」
「何も悪いことはしてないのよ」
「・・・?」
「ひとつお前に聞くわ。
お前に何の落ち度がなくても、お前を鞭打つ権利が、
私にはあると思わない?」
「・・・・・・そ、そんな」
「聞こえない。
もっとはっきり言いなさい!」
「は、はい!
ご主人様は、い、いつでも・・・
きまぐれに私を鞭打つ権利をお持ちです!」
「そう、お前もそう思うのね。
意見が一致して良かったわ。
私は今から自分の権利を行使しようと思うの。
反対かしら?」
「・・・い、いえ・・・は、反対ではありません」
「お前も賛成してくれるのね。
私も嬉しいわ。
それじゃ、生きてるのが嫌になるぐらいの鞭を期待していいわよ」
「・・・・」
「お礼は!」
「はい・・・・あり、ありがとうございます(泣)」
「行くわよ! それっ!」
ビシッ!
ビシッ!
ビシッ!
ビシッ!
ビシッ!
・・・・・・

春川ナミオ黄金便器

「こいつ苦しがってるわよ」
「当然よ、だって今、こんな太いの食べさせたんだから」
「まあ、すごい」

   ◇ ◇ ◇

久しぶりに春川ナミオさんのイラストを。

かなり好きな作品で、画質も良いのですが、
お尻の穴のあたりの△が気になりますね。
・・・と思っていたら、△の無いのを発見。

オリジナル発見か?

オリジナル発見かと思ったのですが、
よく見ると、加工して△を消去したみたいです。
やっぱり「出口が見たい」というのは人情ですよね。
私の心も思考も全てあなた様のものです

東京は、いつの間にか、桜が七分咲きになっていました。
夕べ遅く、誰もいない夜の公園を歩いたのですが、
この時期の桜の美しさに、言葉は遠く及びませんね。
まことにきれいでした。

美しい桜を見ながら、ふと、
「あの美熟女様に飼われた人のように、
奴隷として女性に身も心も捧げたら、
桜を愛でることもままならないのだなあ」
と思い、春の宵の奥に恐ろしい闇を見た気がしました。

その闇には人知れぬ陶酔が隠れていることを
私は知っています。
でも・・・
後始末奴隷

「きれいにお掃除するのよ」
「はい」
「いまどんな気持ち?」
「光栄です」
「光栄って?」
「私をお掃除係に使っていただいて、この上なく幸せです」
「そう、少しでも汚れが残ってたら、すぐクビよ」
「はい、一生懸命つとめさせていただきます」
「奴隷希望者はいくらでもいるんだからね」
「はい」
「土下座!」「ははーっ」

前のエントリーで私は、

>うんこが食べづらいのは、味よりも匂いに主たる原因があるようです。

と述べましたが、これに対してKHさんがコメントで、

>私の経験では興奮のあまり匂いや味はほとんど感じられず、
困難なのは嚥下する際に、それが普通の食べ物でないということで
オエッと嘔吐感をもよおすことでしたね。

と書いてくださいました。
これには思わず膝を打ちました。

うんこが食べづらい本質的な理由は、匂いや味といった個々の要素ではなく、
うんこがうんこであることにあるのではないかと想像がついたのです。
つまり、うんこに対するタブー意識の強さだということです。

だとするなら、昔流行った究極の選択、
「うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、どちらを食べる?」
にも自ずから答えが出るというものです。

うんこ味のカレーはカレーであって、カレー味のうんこはうんこなわけです。
うんこが食べづらい本質的な理由が、うんこがうんこであることであるとするなら、
ノーマルな人にとっては、うんこ味のカレーの方が食べやすいことになります。

ちなみに、私はもちろん、カレー味のうんこを選びます。
「カレー味のカレーとうんこ味のうんこ、どちらを食べる?」
と言われた場合、うんこ味のうんこを選ぶことは言うまでもありません(^_^;)。

豊満美女

うんこの味については、まず苦いというのが体験者の一致するところですね。
この苦みは胆汁である、つまり、胆嚢でつけられるのだと、何かで読んだ記憶があります。

アナル舐めをしていて、舌先に苦みを感じると、ちょっと嬉しくなります。
女性からの素敵なプレゼントって感じ。

でも、うんこが食べづらいのは、味よりも匂いに主たる原因があるようです。
うんこの匂いは・・・もちろん強烈に臭いわけです(笑)。
この匂いが激しい嘔吐感を呼ぶようですね。

ところが、うんこの味と匂いに関して、全く違うことを述べている人がいます。
昨日も紹介した芳野眉美さんです。

芳野さんの小説には人間便器の場面が数多く出てきます。
『教授夫人の「舐め犬」』(マドンナミストレス文庫)から引用してみます。

   ◇ ◇ ◇

「よくて」
 と美悦夫人が男にいった。
「えっ」
「出るわよ」
 男はあわてて口を大きく開いた。
 もぞもぞと美悦夫人のふっくらしたお尻が動く。
「うむ」
 男の顔の上で美悦夫人は息ばった。
 ぐぐっと盛り上がったパールピンクのアヌスが口を広げ、ねっとりした蜂蜜色の果実が顔を覗かせた。
(中略)
 あたたかい、美悦夫人の秘められたぬくもりを宿して、蜂蜜色の果実は、ゆっくりと男の口に落下する。
 男の顔にかがんだ美悦夫人は、正確に、男の口にターゲットを定めている。
 また一つ・・・・
 美悦夫人の湿ったアヌスは、口をすぼめては、新鮮な果実を生み出してくる。
 男の口が激しく動く。
 男は、美悦夫人が排泄したあたたかい果実を、そのまま飲み込んでいた。
(中略)
「おいしい?」
 美悦夫人が男の顔を見下ろしていった。
 男の言葉はない。
 美悦夫人の蜂蜜色の新鮮な果実は、男の口の中では、不思議なほど、無味無臭であった。

   ◇ ◇ ◇

なんと無味無臭と言っているんです。
ほかの小説でも一貫してこう述べています。
あんなに臭くて苦いうんこが、無味無臭とは。

これはどうしたことでしょうか?

これは私の想像ですが、
芳野さんは実際に体験したことをもとに書いているのだと思います。
体験数は、あまり多くなく、おそらく一回か二回でしょう。

うんこを食べるについては、非常に強いタブー意識が働くので、
M的欲望とタブー意識との調整をつけるために、
芳野さんの脳が味覚と嗅覚を一時的にシャットアウトしてしまったのだと
私は想像しています。
だから、無味無臭というのはけっして嘘ではなく、「事実」なのだと思います。
同時に「臭くて苦い」というのも「事実」なわけです。

うんこに対するタブー意識の強さについては、別のエピソードも聞き及んでいます。
「うんこを食べた後は、口の中に匂いがこびりついて、どんなに歯を磨いても何日も取れない」
ということを耳にしたことがあります。

これはどう考えても客観的事実ではないでしょう。
例えば、愛犬のうんこが手に着いてしまったとき、
その匂いがそんなにいつまでも取れないということがあるでしょうか。
犬のうんこと人間のうんことで、そう大きな違いがあるとも思えませんし、
うんこにそんな強烈な粘着性・毒性があるとも思えません。

口の中の匂いがいつまでも取れない感じがするのは、
うんこ、あるいは、うんこを食べることに対するタブー意識の強さを、
投影しているのだと思います。
こうした強いタブー意識がある限り、
「いつまでも取れない」というのは主観的事実ではあると思います。

なお「蜂蜜色」というのは、うんこの色や形を描写するときの芳野さんの専売特許ですね。
ぬめっとして、甘くて、おいしそうです。

   ◇ ◇ ◇

画像は話題と関係ありません。
豊満な体がたまりません。
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