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あなたのルールが私の全てです

女性は一人一人が一国一城の主。
それぞれが異なる世界をお持ちでいらっしゃいます。

ですから、一人の女性から教わった奴隷のルールが、
ほかの女性にもあてはまるとは限りません。

もしも私が、別の女性にお仕えすることになったときは、
心を空しくしてゼロからルールを覚え直さなければなりません。

けれども、私の心と体は、あなたのルールで満たされています。
すみずみまで、あなたのルールが染み込んでいます。

もう私は、ほかの女性にお仕えすることはできません。

悪いところは何でも直します。

どうか私を捨てないでください。

ご機嫌とりたい

女性の不機嫌な顔を見ると、胸がキュンとなってしまうのは、
私だけでしょうか?

怒っているお顔も良いものですが、
不機嫌なお顔には、また少し違う味わいがあります。

その際、顔立ちの美醜はあまり関係ありません。
美人でなくても、不機嫌なお顔だとセクシーに感じてしまいます。

そんな顔をしている女性を見ると、ついご機嫌をとりたくなります。
ご機嫌をとっているうちに、惚れてしまったりして(^_^;)。

ときどきネットで、そんな不機嫌なお顔のアップを探すのですが、
なかなかないですね。
S女性ならありそうに思いますが、なかなかないです。

不機嫌な顔というと、例の事件の沢尻エリカを思い浮かべる人もいるかもしれません。
私は彼女には何も感じないんです。
彼女は若すぎるし、あの不機嫌が社会的未成熟から来ていることが透けて見えてしまうので。
未成熟な女性には惚れるより先に幻滅してしまいます。

やっぱり大人の女性がいいです。
電車の中などで、見ず知らずのおばさまがブスッとした顔で座っていると、
ついご機嫌をとりたくなってしまいます。
Samantha Anderson 美しすぎます

ネットで見つけたお気に入りの画像を保存しておくことは、誰でもやっていると思います。
保存した画像を見ていて、「この画像とこの画像とは同じ女性だ。あ、こっちにも同じ女性の画像が・・・」と気づくようなことはありませんか?
私にはときどきあるんです。

意識して集めたわけではないのですが、自然と集まってしまう。
同じ女性だとは気がつかないまま、その都度その都度、魅力を感じて保存しているんでしょうね。

一つ前に貼った写真の左側の豊満美人も、そうやって集まってしまった方の一人です。
お名前は、Samantha Anderson。
「Samantha 38G」という書き方をすることが多いようですが、
「38G」というのは、バスト38インチGカップという意味のようです。

すごい巨乳ですね。
私、巨乳は好きですが、巨乳フェチではありません。
巨乳の女性は豊満なことが多いので、魅力を感じる女性に巨乳の人は多いのですが、
大きくない胸にも魅力を感じます。

私の場合、自己分析ですが、顔の肉づきのよい女性を美人と感じる傾向があるようです。
豊頬と顎の線の柔らかさ(二重顎含む)は、私にとってはセクシーアイテムです。

この方、いつどこで拝見しても、お美しく、セクシーです。
私にとって憧れの女神の一人です。

Samanthaさまがお相手だったら私の妄想は、
厳しい主従関係というよりも、
身の回りのお世話と性の道具として使っていただく方向に広がります。

というわけで、今回は Samanthaさまの画像を何点か紹介します。

なお、拙ブログ過去エントリーでも一度登場しています。
http://gomimusi.dtiblog.com/blog-entry-315.html


砂浜の天女

二人の豊満美女の旅行にお供しました。
もちろん私は荷物持ち兼召使いとしてです。

朝早くから夜遅くまで、身の回りのお世話にこき使っていただきました。
お二人の楽しそうなお顔を見ていると、こちらまで幸せな気持になります。

お二人は本当によく食べ、よくお飲みになります。
旅行の期間中、お下のご用はほとんど私の口をお使いになりました。
おかげで私はいつも満腹で、食事ものどを通りませんでした。

砂浜でフラフープに興じているお姿は、本当にお美しく、
まるで天女のようでした。

お前の快楽なんて考えたこともないわ

一つ前のエントリーに青犬さんからコメントをいただきました。

>一度Bタイプにされてしまうと残ったAタイプの部分に罪悪感を持つようになってしまいます。
>もしできることならマゾヒストではない自分としてお仕えし純粋な苦痛を享受できればと。
>こんな思いもマゾヒストゆえのジレンマなのででしょうね。

なんとも切なくなるコメントです。
「Aタイプの部分に罪悪感を持つ」というのは要するに、「自分が快楽を感じることについて罪悪感をもつ」ということでしょう。
「純粋な苦痛を享受できれば」とは、「快楽のない苦痛を受けたい」ということです。

なぜそんなことを考えるかというと、それがご主人様の望みだろうと考えているからです。

青犬さんにくらべたらはるかに浅いレベルではありますが、そのようなメンタリティは私にも覚えがあります。
「私が(精神的に)苦しむことで女性が喜んでくださるなら、もっと苦しみたい」
そう思ったことがあります。

これは実は大変なことです。
精神的に苦しむというところがポイントです。

例えば女性が奴隷に小便を飲ませるとしましょう。
奴隷が本当にそのことを苦痛に感じていれば、それは女性のための行為になります。
ところが、奴隷が少しでもそのことに喜びを感じているならば、行為の意味は一瞬にして逆転して、女性が奴隷のためにするものになってしまうのです。

そうならないためには、「わずかの快楽も感じることのない苦痛を享受すること」以外にはありません。

それを望む青犬さんのメンタリティは、マゾヒストとしてとても純粋で美しいと思います。

ところで、ここに一つの疑問が生じます。

「快楽のない苦痛」を「望む」というのは矛盾ではないか、と。
望んでいるということは、それによってある種の精神的な充足を得るということにほかなりません。
言い換えれば、それは「快楽」の一種なのです。
「快楽のない苦痛」を受けることが「快楽」になるという矛盾。

それは、マゾ的妄想や実践のあちこちに顔を出す普遍的な矛盾です。
よく考えてみると、「苦痛=快楽」であるというマゾヒズムの根本原理から発していることがわかります。
これを「マゾヒズム・ジレンマ」と名づけてしまいましょう。

二つ前のエントリーで触れた、マゾヒストが、
行為レベルで支配されたがるのは「苦痛」原理のあらわれ、
関係レベルで支配したがるのは「快楽」原理のあらわれ、
と考えることができるでしょう。

「快楽のない苦痛」を受けることが「快楽」である。
この命題について、一つだけ注意を喚起したいのは、
この命題に出てくる最初の「快楽」と後の「快楽」とはステージが違う、
ということです。

このことについてはいずれまた。
厳しい主従関係に身を投ずる?

続きです。

素晴らしい出会いによって、原エゴマゾからBタイプに目覚めたマゾヒストがいるとしましょう。

彼が何らかの事情によって女性と別れた場合、彼のマゾヒズムはどうなるのでしょうか?

実際には100%のAタイプとか100%のBタイプということはないと思いますので、Bタイプに目覚めたとはいっても「概ねBタイプになったが若干Aタイプが残っている」というようなニュアンスで考えるべきでしょう。

そうすると、おそらくおさえ込んでいた自己のファンタジーが、復活してくるのではないかと思われます。

実は私はこのタイプでした。
胸を張れるような立派なマゾヒストでは全くありませんでしたが、素敵な女性と出会うことで、自分の主観の中ではBタイプへの目覚めがありました。
野良犬に戻ったとき、私の中でかつてのファンタジーが復活しました。
具体的にいえば、その方の前では放棄していた便器願望などが、再びむくむくと復活してきたのです。

Bタイプのマゾヒストが別の女性と出会ったとき、再びAタイプから出発し直すのか、はじめからBタイプとして女性の前に跪くことになるのかは、わかりません。
私は二度目の出会いを経験していませんので、これは全くの未知数です。

ところで、経験豊富な女性が、ノーマルで未熟な若い男の子を自分好みの奴隷に仕立てていく、というようなことは、実際にあるのでしょうか?
小説などではよくありますが、実際のところはどうなのか、これも私にはわかりません。

もしあるとすれば、という仮定の話ですが、この場合は、マゾヒストとしての誕生と決定的な「出会い」とが同時に起きているということになります。
例外的に、原エゴマゾを経ることなく、はじめからBタイプとして生まれているわけです。

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