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さて、Aさんの場合。

Aさん:気に入った男を一生自分の手元に捕らえておきたい。また、その男を「食べたい」という願望を持っている。

私はAさんのケースは、お三方の中で唯一、私たちが言うところの femdom(女性支配)の範疇に入るのではないかと思いました。

Aさんの願望には、「男を支配したい」という中心があります。支配する方法として、手元に捕らえておく、とか、食べる、ということが選ばれているわけです。

実は私の幼少期にも、Aさんの願望と対になるような願望がはっきりとありました。
つまり、好きな女性に捕まって、最後には食べられたいという願望がです。

私の場合、きっかけは「ヘンゼルとグレーテル」だったと思います。
周知のように、お菓子の家に迷い込んだヘンゼルを、魔女が太らせて食べようとする場面があります。
この物語に初めて接したときの異様な興奮を今でも覚えています。
この話をもとに、食べられたいという願望を「ヘンゼル願望」と名づけたい気がします(もうとっくに名前がついてるかな?)。

他方、「食べてしまいたいほど可愛い」という言葉もあるように、「愛する」ことと「食べる」こととは、実は近い関係にあるのではないかと思います。
比喩的な近似性といってもいいかもしれません。

敢えてこういう言い方をしてみましょうか。
「愛する」こととは「一体になりたい」ことにほかなりません。
とするなら、「食べたい/食べられたい」という願望は、“アミノ酸レベル”で一体になりたいという願望であると。
生殖器官ではなく“消化器官”を通しての一体化願望だという言い方もできるでしょうか。
そこにいわゆる倒錯があることは間違いありませんが、基本はあくまでも「一体化願望」であり、一体化願望自体は極めてノーマルな願望です。

私には、Aさんの願望の、さきほどとは違う角度から対になるような、もう一つ別の願望があります。
ご存知のように食糞願望です。
Aさんは愛する人の肉体を食べたいと願っている。
私は愛する人の排泄物を食べたいと願っているわけです。
そこでは、肉体や排泄物は、愛する人の分身として受けとめられています。

このように、私は二つの角度からAさんの願望に共感することができます。
どちらにしても形は違えど一体化願望であることに変わりありません。

それだけに、私はAさんのケースに想像力を働かせることができると思っています。
私の想像によれば、Aさんが自身の願望を自制することは、比較的容易ではないでしょうか。
その意味で社会的な危険性はあまり感じません。
例えば佐川一政氏のような事件に発展する可能性は、あまり無いように思います。

私が一番いいと思うのは、対になるような願望をもったマゾヒストを見つけて、よく話しあった上で、二人でイメージプレイをすることです。

「今日はこれからお前を食べちゃうぞ」
「ああーん、恐い、恐いよ〜。で、でも・・・」
「でも? でもなに?」
「A様に食べられるなら本望です〜」
「そうか、では、食べるぞ。ガブッ(と噛む)」
「あ〜、食べられちゃう〜」

というような(^_^;)。

まあ、男の体に歯形がつくぐらいなら良しとしましょう。

要するに、食べるというイメージを介して一体化願望がある程度満たされればいいのだと思います。

問題は、対になる願望をもったマゾヒストがいるのかどうかですが、これは少なくないと思います。
被監禁願望も、被食願望も、マゾヒストの中に割合よく見られるものだからです。

Aさんがそういうマゾヒストを見つけて、その人と人間として愛し合うことができるならば(実はここが肝腎ですが)、一生の幸福は保証されたようなものです。
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